輝け天神コア!!

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Facebookで伊藤 敬生さんが呟いていた「天神地下街のマークが焼肉屋にしかみえない」という話を読んでて思わず「そういやそうだよな、、、」と笑っちゃったが、それを読んでて、全然関係ないのだが、急に「天神コア」ができた頃の事を思い出した。

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「天神コア」ができたのはネットで調べてみると1976年という事だから僕が小学4年生の頃だったらしい。ということはいまから35年程前になるだろうか。

僕が子供の頃は福岡には今みたいな高いビルも少なくて、博多区の美野島にあった僕の実家の二階の窓からも天神のビルが小さく見えていた。

天神コアができた頃の天神(「てんじんちょう」と言っていた。もっと古い人は「てんじんのちょう」と呼んでいたらしい。)には今の「三越」「イムズ」「ソラリア」などは当然なかった、というか、逆に当時存在したのは、「新天町」と、「岩田屋」(今のパルコ)、そして、「天神コア」ができる前年に呉服町から現在の場所に移転してきたばかりの「博多大丸」くらいだったと言ったほうが早いか。

だから大丸や天神コアができ始めた頃ってのはちょうど徐々に天神が賑やかになってきはじめた頃だったのかもしれない。

ちなみに福岡で百貨店といえば、「玉屋」が今の中洲のゲイツの所にあって、キャナルの近所には「渕上デパート」、住吉には”しょぼい”「二神デパート」というのもあったな。

当時の福岡は高いビルが少ないだけじゃなくて、今と比べると本当に夜が暗かった。
いや、福岡だけでなく、きっと日本全体がまだ「夜は暗いもの」だった時代なんだとおもう。

数年前に数十年ぶりに「どんたく」の「花自動車」を見に行ったが、なんかこんなに暗かったっけ??とおもった。というのも子供の頃みた「花電車(当時は路面電車に電飾つけてた)」はもっと何倍も明るかったはずなのだ。でも、よく考えてみたら、あれはきっと昔の町が暗かったからなんだろうなあと思った。

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我が家はいつも住吉の電停(電車の停留所)のところまで家族で歩いて行って待っていたのだが、花電車がやってくると向こうの方がボワーっと明るくなって、徐々に明かりの塊が近づいて来て、昼間なんじゃないかと思うくらいに輝いた路面電車がやってきて、沿道で見ている人達が「わーっ!」と声を上げたり、手を叩いたり、、、、思い出してもワクワクするような年に一度の「町が明るくなる」イベントだった。

そんな暗い福岡の夜に突然現れたのが「天神コア」の屋上の大きなネオン。

それは僕の家の二階の窓からも輝いて見えた。

「なんだかすっげーなー!!」なんて子供ながらにドキドキした。

急に福岡が大都会になった気がした。

実家の二階の窓をあけて天神コアの輝くネオンを見ながら

「あかるかねえ!大きな電話みたいなのがひかりよーね!」と一緒に見ている母親に言ったら

「あれは電話機やないとよ。よーくみてん。あれは人と人の顔が向き合っとう絵になっとーとよ」

と言われ、よーーく見てると、、、たしかに!

「あー!ほんとーやん!かおやん!よーわかったねえ!すごかー!」

と驚く僕に何故か母親が自慢げに微笑んでいた。

最近は天神コアも行かないし、あらためて天神コアのロゴを見る事も無くなってすっかり忘れていたが、今日の天神地下街のロゴの話を読んでて、急に思い出しちゃって、なんだかあの頃が懐かしくなった。

夜は暗いものだったあの時代が。
by nocorita | 2011-11-14 00:07 | 島暮らし | Comments(0)


2009年春に能古島へ引っ越した僕らの仕事や生活の事


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